【インタビュー】大人気ホストインタビュー「素顔」REGULUSやっぱり☆とーや“過酷な下積み時代があったからこそ”

本誌でもこれまで幾度となく活躍してくれているレグルスの代表取締役・やっぱり☆とーやさん。何度かインタビュー等をしてきたものの、彼がこれまでの軌跡を語るのは今回が初めて。今年でホスト歴11年を迎えたベテランの本音とは?

16歳で家出→18歳でホストデビュー

栃木県出身で小学校は全生徒80人程度のクソ田舎で育ちました。ずっと都会に憧れを抱きつつ、思春期真っただ中の頃はヤンチャな事ばかり起こし周りに迷惑をかけてましたね。親とはお世辞にも良い関係とは言えず、16歳の頃に同じように親とうまくいっていない友達と家出をして、なぜか茨城県に住むことに。都会ではなく、田舎から田舎に行くのが俺らしいでしょ(笑)。住み込みで建築関係の仕事を2人で始め、そこで2年ぐらい働きました。

ある日の夜に街を歩いていると、元カノがホストと腕を組んで歩いている所に遭遇。別にその子対して何とも思わなかったんだけど、ホストの仕事もありだなと純粋にそこで思ったんですよね。で、それをきっかけに茨城のホストクラブで働くことにしたんです。当時、体入なんて制度を知らなかったので、1番初めに行った店にそのまま入店しました。

鉄拳制裁が当たり前なホスト業界

今から11年前の18歳。そこからホストキャリアがスタートしたのですが、今では考えられない超体育会系でした。先輩の言う事は絶対で、カラスが白だと言われれば白になるような世界(笑)。茨城という土地柄も相まってヤンキーよりのノリでしたね。支配人から営業中にお客さんを迎えに行くように頼まれてお店を抜け出したのに、帰ってきたら先輩に「なんで営業中にいないんだよ」と殴られ、言い訳するとまた殴られ、もうムチャクチャでしたね。

18歳ながら今よりも男くささ満載の茨城時代。これ系のホストっていま歌舞伎に結構いるような気がする

でも、他の店の事を知らなかったので、これがホスト界の常識だと思っていました。そんな理不尽な世界で働くこと1年。川崎の方で系列店をオープンするから、そちらの立ち上げメンバーとして働くように言われ移動することに。

茨城の田舎から川崎の激戦区へ

そこは川崎でもあまり治安が良くない土地で、一度血まみれの人が走っているのを目撃したこともあるぐらい。そこでオープンした初日に事件は起こりました。オープンさせる前に、その場所を取り締まっている方に、上の人間が挨拶をしていたんですが、どうやらその方だけではダメだったみたいで、他にも話を通さないといけない人が数名いたようなんですが、何も知らないからそのままオープンさせました。

すると初日のオープニングイベントが終わり、後片付けをしていると、強面の男8名が店に来たんです。どうやら同じ場所でお店をやっているホストクラブの代表やらお偉いさんたちで「誰に許可を取ってる?」「挨拶に来てない」などと言って怒鳴りちらしていました。頭の切れる先輩が「ちょっと上に確認します」と言って、その間に各お店の店休日を調べて「〇曜日(店休日の曜日)にご挨拶に伺ったのですが、お休みだったようで、後日改めようとしていたのですが、オープン準備でバタバタになってしまいご挨拶が遅れていたようです」ととっさに機転を利かせて、どうにかその場を治めていました。何とかその日はおとなしく帰ってもらったものの、それ以来、営業後に店に来て「金を払っている客なんだから接客しろよ」と飲み散らかして帰っていく事が連日続きました。

地獄の「できるの?できないの?」ゲーム

1番ひどかったのは、女性3人を入れた合計6人で来た時です。女性卓に着くように指示され、男の方に着くよりラッキーと思っていたんですが、そこは地獄だったんです。急にボスみたいな女性が「できるの?できないの?」と聞いてきました。とりあえず「できる」と答えると、鏡月をコップ一杯一気させられたんですね。そして飲み干すと「できるの?できないの?」と。そしてできると答えるとまた鏡月を飲ませられました。さすがに3杯目で「できない」と答えると、今度はクリームパンを出され、全部食えと。言われた通り食べたら、鏡月と変に混ざってものすごく気持ち悪くなってしまいました。

頭がデカい盛り盛り時代の川崎時代。時代を感じさせるスーツとヘアだけど、これが一般的なホストのイメージかも

その後も「できるの?できないの?」が続き、さすがにマズいと思った他の従業員が助けに入って、俺を裏に連れていき、そこで俺の意識が途絶えました。後から聞いたんですが、どうやらそこで泡を吐きながら気を失っていたようです。その日は、お酒を飲まない茨城から来ていたお客さんとアフターに行く約束をしていて、その子がタイミング良く心配して店まで迎えに来てくれたようで、他の従業員が俺を逃がすようにその子に預けて、この場を脱出させてくれたみたいです。この話には続きがあって、意識が戻ると見知らぬ部屋(ホテル)にゲロまみれで寝ていました。そして、そこは川崎から遠く離れた茨城だったんです(笑)。

11人いた従業員がわずか4人に

11人いた従業員は気づけば俺を含めて4人しかいなくなり、それでもなんとか店を潰さないように頑張っていたら、いつの間にか川崎で1番人気のあるお店になっていました 。人間追い込まれるとものすごい力を発揮するようですね(笑)。遊びに来るお客さんから度々「横浜に移転したらもっとお店も売れると思う」と言われていたのと、嫌がらせもまだ続いていたこともあり、オーナーもちょうど横浜に移転を考えていたみたいで、川崎でオープンして1年後に横浜に移転することになりました。

ヒモ生活突入と歌舞伎で騙され体入へ

横浜では特に面白い事件もなく、ただ淡々とホスト業をこなしていましたが、茨城時代からお世話になっている方が辞めた事もあり、俺も一旦この世界から身を引くことにしたんです。そこからヒモ生活に突入。その生活っぷりは想像に任せますが、まぁクソですよ(笑)。半年が経ったころ、このままだとまずいなと思っていた時に、先に辞めていた方から連絡があったんです。「明日、歌舞伎町のキャバクラに連れて行ってやるからスーツで来な」と。

田舎者なので歌舞伎町のキャバクラにはドレスコードがあるんだなと思って、翌日言われた通りにスーツで待ち合わせ場所に。キャバクラに行く前に飯を奢ってくれるとのことで游玄亭に行きました。そこで2時間ほど過ごし、いよいよか?と思ったら、「サロン予約しているから、その頭をどうにかしてこい」と。まぁ確かにスーツだけど髪は中途半端だったので、厳しいドレスコードなんだろうなと思ったぐらいで、素直に従いました。メイクもなぜかやられ出来上がると「いいね~ホストにしか見えない」と言われ、そのままお店に向かいました。

ヒモ終了と歌舞伎ホストデビュー

お店に着くと、女の子の姿はなくただ席に通されました。おしぼりも出てこないで数分後に来たのは1人の男性で、いきなり給与システムの説明が始まったんです。さすがの俺も気づきましたよ、あぁ体入させられるのねと(笑)。しかも「俺の顔を立てて体入だけして」とはっきり言ってきましたしね。まぁその日だけならと思って、そのまま1日体入して横浜(ヒモ宅)に帰りました。家に帰ると、俺の荷物が全部家の前に出ていたんです。理由を聞くと「ホストをやったから別れる」と。数時間前のことなのにもう知っているこの子もすごいけど、いきなり宿無しになってしまい、仕方なくさっき体入した店の寮にいれてもらうことにしました。

そこからほぼ毎日出勤し、仕事を真面目にこなしていくと、リリー(現:レグルス)をオープンさせるということで、そちらに移ったんです。リリーは順調に走り始め仕事も本当に楽しくなってきたので、宇都宮にある姉妹店にも出勤することにしたんです。週6歌舞伎で出勤し、1日だけ片道2時間かけて宇都宮へ。それが1年半ぐらい続きましたかね。若かったし、休みなんて一切いらないと思っていたので、別に辛くとも何とも思わなかったです。

歌舞伎店の方ではナンバー1をコンスタントに獲れるようになってきて、宇都宮でも週1ながらトップ3には入るようになってきた頃、歌舞伎店の先輩ホストがある事件を起こし、宇都宮店へ左遷されることに。で、ちょっと複雑なんですが、俺の歌舞伎と宇都宮での役職が違くて、歌舞伎ではその先輩は上でも、宇都宮では下になるんですね。それに納得がいかない先輩と揉めて、結局俺が宇都宮から身を引くことにしました。ちなみに宇都宮店は俺が辞めてから3か月後に潰れることになるんですけどね。

レグルスの代表として

歌舞伎町1本に絞ったことで、数字は順調に上がっていきました。役職も同時に上がり、最終的には代表を任されることに。リリーからレグルスに店名・場所が変わり、そのまま代表取締役として現在に至ります。いま、日本全国コロナの影響を受け、この先どうなっていくのかみんなが不安だと思います。特にナイトワーク系の僕らは最低限の保証はあっても歩合制なので収入的にはかなり厳しいです。このまま続けば、お店どころか、歌舞伎全体が死んでしまう可能性もあるので、正直俺も怖いですよ。ただ、そう悲観してばかりしていても仕方ないので、お店がいつ再開しても良いように準備をしておくようにはしています。このまま終わる気はさらさらないので

REGULUS

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