BackBone〜いまの自分を作り上げたもの〜

今月より不定期で始まったBACKBONEでは、これまで自分を作り上げてきたものを単独で語っていただきます。自身のBACKBONE(背骨)となるものとは?

歌舞伎町 ホスト OPUST MINATO

OPUST MINATO『音楽とホスト』

【音楽への道】
高校卒業後、当時テレビで人気だった嵐の松潤主演のドラマ「バンビーノ」に憧れ、地元・大阪のフランス料理店ホールスタッフの正社員として働いていました。ちょうどその頃、EXILEオーディションが日本を騒がしている時でしたね。高校の頃からカラオケを歌うとなんとなくモテていた記憶があって(笑)、一時期は歌の世界で生きていこうかななんて思った事もあり、EXILEが元々好きだったから、思いきってオーディションに参加することにしたんです。土日しかオーディションが行われていなかったので、会社に無理を言ってお休みをいただき挑みました。しかし当日はガチガチに緊張し、思う以上に歌えなかったのですが、それでも一次予選は通っているだろうと思っていたんですよね。

結果は落選…。正直、ものすごく悔しくてこのままでは終われないと率直に思いましたし、本格的に音楽をやってみようと思ったのもこの時ですね。まずボイストレーニングのスクールに通うことにしました。そのスクールでは定期的にイベントを行っていたのですが、それが主に日曜日だったんです。どうしても飲食店の日曜日はお客さんが多いので、なかなかお休みをいただくのは難しかったし、どっちつかずなのも嫌だったので会社を辞めて、音楽1本に絞ることにしました。スクールに通うお金をバイトで稼ぎながら、イベントにも積極的に参加するようしていくと、スクールの規模ではあるものの賞を獲れるようになってきました。そんな時、一緒に通っていた仲間からインディーズ音楽事務所のオーディションを受けないかと誘われたんです。
事務所のオーディションは無事に受かることができましたが、すぐに食べていけるほど甘くはないのは当然でバイトと音楽活動の日々が始まりました。早い段階で3人組のユニットを組ませていただいたものの、もっぱら歌う場所は路上でした。朝9から15時までイタリアン料理店でホールスタッフとして働き、夕方〜夜まで路上ライブ。そして夜はカフェで働きながら生計を立ててました。若かったし、漠然とテレビに出たい想いが強くて、当時は辛いなんて思った事はなかったですね。しばらくしてユニットは5人組になって、大きな場所でライブも行えるようになり、CDも何枚か出させていただき、3年目には音楽だけでご飯を食べれるようにもなりました。当初は25歳を目処にこの先の事を決めようと思っていましたが、とっくに過ぎていたし、いま脱退する時ではないと、そのまま継続する事を決意したんです。

歌舞伎町 ホスト OPUST MINATO

【30歳の節目を前に】
気づけば音楽活動を始めて7年半。次の節目である30歳が目前に迫ると「このまま30歳を迎えていいのか?」と、人生を見つめ直す時間が増えていたのです。そして考え抜いた結果、1つの決断をしました。次の全国ツアーを最後に引退することを。最後はこれまで支えてきてくれた方達に、これまでの感謝の気持ちを伝えるツアーになりました。全てのツアーが終わった頃には本当に抜け殻のようになっていましたね(笑)。ほぼ休みなしで走り続けていたので、引退後の何もしない日々は久しぶりでした。しかし逆に何にもしていないと不安になるもので、新しい何かをしないとと焦りました。で、特に何かをするためにとかではなく、とにかく東京に行ってみたいと思ったんです。

最初は東京で飲食店やアパレルでもやればいいかな程度しか考えていなかったのですが、なんか固定給をもらって働くのが急に嫌になってしまったんですよね。自分の頑張り次第で給料が増えていく仕事を探し始め、YouTubeでホスト業界の事をよく見ていたし、昔「夜王」を読んでいたのもあって「ホストもありか…」と。人と接するのも嫌いではないし、これまで喋った事がない人たちとの時間は人生勉強になるのでは?と、そんな考えを抱きつつも、とりあえずは東京に住んでからではないと現実的ではないと思ったので引っ越しから始めました。

不動産屋でどんな仕事を始める予定なのかを聞かれたので、水商売も視野に入れていると伝えたところ、ホストに詳しい方を紹介していただけました。2回目の内見後に、その不動産の方と詳しいという女性の3人でカフェに行き、色々とお話を聞かせてもらって、女性の方が「やっぱり実際に見ないとわからない」と、電話したところがOPUST(店長)だったんです。そして、そのまま3人でお客さんとしてお店に行く事に。

【セカンドキャリア】
人生初のホストクラブに足を踏み入れた瞬間でしたね(笑)。スーツでギラギラしてるイメージだったんですが、中に入ると思った以上にカジュアルで純粋に「楽しそうやな」と思いました。その時は楽さん、亜樹さん、店長の3人と喋ったと思うんですけど「この店良い店だ」と直感で思いました。その日にもう1店舗、全く異なるグループのお店に行ったのですが、逆にOPUSTの魅力が増す結果になりました。雰囲気が圧倒的にOPUSTの方が良かったし、店長もびっくりするぐらいあっさりしていて、しつこく誘ってくるわけでもなく「来たければどうぞ」的なスタンスが、逆に好感を持てたんですよね。そしてその日、自分の中ではOPUSTで働く事を決めて大阪に帰りました。

東京に引っ越ししてきて、数日後に面接をしてもらい、そして体入後に本入を決めました。実際に働いてみて、めちゃくちゃ仲の良いお店だなと実感しましたし、とにかくお世辞抜きで全員が優しいんです。入った当初は、僕は年齢的には上の方になるけど、でも新人なわけじゃないですか。この世界は入った順的なものがあると聞かされていたので、変な空気になっちゃうのかなと心配していました。まあ、この年齢からの再スタートだと、どの業種でも同じだと思いますが、僕自身が変なプライドを持っていると邪魔にしかならないとわかっていたので、その辺は全て捨てて望みました。とはいえ、中には偉ぶってくる人もいるのかな?なんて思っていたのですが、全くそういった人もいなければ、逆に僕が馴染みやすい空気を作ってくれました。

正直「ホストで食べていけるのか?」と本当に不安でした。けど、やるからには中途半端にはしたくなかったので、家も候補の中から1番高い家賃のところを選んで、自分を追い込みました。しかし、すぐに売れる甘い世界ではないのがこの業界。自分の中で決めたテーマはクリアできていても、ホストとしての売上は全然ダメでした。でもテーマを1つずつ着実にこなして積み重ねていけば、目標である新人賞を獲れるのではないかと思ったんですよね。そして半年ぐらいかかったかな?なんとか新人賞を獲得することが出来たんです。新人賞獲得後の次なる目標は1年以内のNo・5入りに。No・5までに入ればお店の額縁に飾られるのですが、あれスゴいカッコ良いんですよね!なので、とりあえずそこを目指すことにしました(笑)。新人賞を獲った月でさえNo・10にも入れなかったので、No・5に入った時はかなり嬉しかったですね。そして7月にはおかげさまで1000万を突破することが出来ました(※グループ史上最速)。

歌舞伎町 ホスト OPUST MINATO

【ホストとしての醍醐味】
なんでしょうね…シャンパンコールをやってもらう時はめっちゃ気持ちが良いです(笑)。あれは主役感が溢れ出ちゃいます。あとはもう1度No・1になりたいですね。ホストである以上、No・1を目指さないとダサいし、そうあるべきだと思います。それにNo・1からの景色は別格ですしね(笑)。ただ、ホストとしてはダメなのかもしれませんが、売上ばかり見すぎていて、接客が疎かになるのは違うと思いますし、自分の芯を曲げてまで売上を上げたくないという想いもあります。矛盾になってしまうんですけど…(笑)。

【ヒゲという個性】
30歳を迎えて少し渋さを出したかったので、いつか生やそうとは思っていたんですが、コロナでの自粛期間に勝手に伸びてきました(笑)。ちょうどその時にテレビ電話で桃さんと話していて、最初は「こんなに生えました〜」って言って笑っていたのですが、そのうち「いいじゃん!」ってなって、まず1人褒めてくれたものだから、このまま出勤してみたんです。すると割とみんなからも好印象だったし、お客さんからも1つの個性として見られるようになりましたね。ちなみに礼満さんはキレイさっぱり剃ってしまって、自分で「ベイビーフェイス」と言ってましたけど(笑)。

歌舞伎町 ホスト OPUST MINATO
OPUST(オーパスト)

東京都新宿区歌舞伎町2-21-2 ソフィア2ビル B1F
03-3205-3185